バンコクの文化遺産。観光おすすめはここ。

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私は、バンコクには夏しかないと思っていました。


だけど調べているうちに、
バンコクには、他の季節もあると知りました。


バンコクの夏は、
3月から5月くらいで、4月がいちばん暑いのです。


6月から10月くらいは、
雨季といって雨がよく降る季節です。


観光を予定していると、
天候ばかりでなく、その国の文化も気になりますね。


タイは、仏教文化の国です。


そして、タイの文化は、
その地理的条件から、さまざまな国の文化を吸収しながら育まれました。


カンボジアのクメール文化インドやスリランカの文化
中国の文化、そしてヨーロッパの文化


タイは、まさに東西文化の合流点でした。


それは同時に、
他国からの影響をとても受けやすいことにつながります。


しかしタイは、そういった中にありながら、
独自の文化と独立国家を守り続けた偉大な国です。


そんなタイの国、文化遺産を調べました。





タイの文化遺産 バンコク編

チャクリ王朝の守護寺院 ワット・プラ・ケオ

アユタヤ王朝が滅亡した後、
タクシン王による、トンブリ王朝が15年続き、
その後、バンコクの地に、王朝を築き上げたのが、ラーマ1世である。



王にはすべてラーマの名称がつき、現在の国王はラーマ9世である。



チャクリ王朝とは、
ラーマ1世の名チャオ・プラヤチャクリに由来しています。



ラーマ1世は、
チャオ・プラヤ川のちかくに王宮を建設し、
現在チャクリ王宮となっている。



その後、この王宮内に建立されたのが、
ワット・プラ・ケオで、プラ・ケオとは、
エメラルド仏を意味することから、エメラルド寺院の名で知られている。



この寺院こそ、チャクリ王朝の守護寺院である。



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▲ワット・プラケオといっても、
その内部には、大小様ざまな建築物がある。
1785年のラーマ1世に始まり、
その後、代々の王が建て増して現在のような巨大な寺院群になっている。



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▲ワット・プラケオの守護神。
タイの言葉でヤックといい、巨人のこと。
その身長は8メートル。





タイの人びとの本尊仏 エメラルド仏

エメラルドとはタイ語で緑色という意味であり、
エメラルド仏は、実際には碧玉で彫られたものである。



高さは王座も含めて66センチで、
ひざ幅は48.3センチの比較的小さな仏像である。



15世紀より少し前に彫られたものと考えられており、
16世紀後半ビルマ軍によって持ち去られたものを、
ラーマ1世が取り戻し、エメラルド寺院に安置した。



ラーマ1世は、
このエメラルド仏のために暑季と雨季のふたつの衣をつくり、
後にラーマ3世が、乾季の衣を加え、
現在でも暑季、雨季、乾季の、年に3回、
国王自らの手によってエメラルド仏の衣がえの儀式が行われている。



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▲衣を着けていない時のエメラルド仏。



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▲宝石類のついた暑季用の衣を着けたエメラルド仏。



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▲金でできた雨季用の衣を着けたエメラルド仏。



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▲王立図書館の入口と、それを守る黄金の守門神。





黄金の塔を支えるヤック

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▲塔を支えるように配されている色あざやかなヤックは、
同じものがひとつとしてない。



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▲ロイヤル・パンテオンの入口付近では、
伝説上の生き物、半人半鳥が出迎えてくれる。
左が男、右が女。





ワット・プラ・ケオの大壁画 ラーマ・キエン

文字に優れていたラーマ1世は、
インドの叙事詩「ラーマー・ヤナ」をもとに、
タイの逸話も加え、自ら改訂して「ラーマ・キエン」を編さんした。



エメラルド寺院の回廊には、
この「ラーマ・キエン」が壁画として描かれ、178の場面から構成されている。



完全に出来あがったのがラーマ5世の時で、
その後も何度か修復が加えられ、
約200年間守り続けられている貴重な文化遺産である。



物語は善の王子ラーマが、
魔王ラーバナと戦って勝つまでの奇想天外なもの。


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▲ラーマ王子に率いられた猿の兵士が、
自ら巨大化させ、懸け橋となって見方を助ける場面。



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▲ラーマ王子が魔王ラーバナ軍勢と激しく戦っている場面。
左端の馬車の上の人物がラーマ王子。



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▲巨大化したハヌーマンの口の中で守られるラーマ王子。





現王朝の象徴 チャクリ王宮(グランド・パレス)

ラーマ1世チャクリ王が、
1782年、この地に都を定め築いた王宮。



チャオ、プラヤ川の東岸に位置しており、
歴代の王たちが、改修や拡張をくり返して、現在は約40ヘクタールの広さがある。



王宮は、チャクリ宮殿、ボロマピマン宮殿、
それに、エメラルド寺院と呼ばれているワット・プラ・ケオの3つに分けられるが、
その中でもチャクリ宮殿は、
1階部分にルネサンスの建築様式を、
2階部分と屋根にはタイの伝統的な建築様式をとり入れ、
見事な混合建築様式で、すばらしい建築美を見せている。



現在の国王一家は、
この宮殿には住んでいないが、
チャクリ王朝の、歴史を包みこんでいるこの王宮は、
タイの中でも最も重厚で権威ある場所となっている。



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▲ラーマ5世がイギリス人建築家に依頼して建てたチャクリ宮殿。
王朝の公式行事が、この宮殿で行われる。



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▲宮殿を守護する、半人半鳥のガルーダ。





バンパイン離宮

17世紀のアユタヤ王朝時代に建てられた避暑用の宮殿。



アユタヤ王朝が倒れた後は、
19世紀初めまで使用されずにいたが、
1868年に即位した、チャクリ王朝のラーマ5世がこの宮殿を再興し、
サマー・パレスとして5世と6世が使用した。



この離宮は、現在も王室の所有で、
正面の池の中にあるタイ風の建築物、
ロイヤル・パビリオンには、
離宮を再興したラーマ5世、チュラロンコン王子の立像があり、
タイ建築物の中でも、最もすぐれたもののひとつとして、大切にされている。



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▲バンパイン離宮内の池の水面に美しい影を落とす、
タイ様式の建築物、ロイヤル・パビリオン。



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▲中庭の植えこみに点在する、象の形に刈りこまれている植木。





朝日に輝くワット・アルン

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▲ラーマ2世の時代に建てられはじめられ、
ラーマ3世の時代に完成した。



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▲ユニークな表情をしているこの彫像は、
タイ語でヤックと呼ばれている、ワット・アルンの守り神。





ワット・ポー(ねはん寺)

本尊の仏像が、横になっている寝姿の釈迦仏ということから、
「ねはん寺」とも呼ばれるこの寺院は、
ラーマ1世の時代に、仏教徒の修業の場として使われはじめ、
ラーマ3世によって、建て直された、学問、修業を目的とした寺院。



現王朝の守護寺院、
ワット・プラ・ケオとは王宮をはさんで近くにあるが、
ワット・プラ・ケオが格調を重んじる寺院なのに対し、
ワット・ポーはとても庶民的な寺院といわれている。



このワット・ポーの建立者は、不明とされているが、
アユタヤ王朝時代からワット・ボードラム(菩薩樹の寺)と呼ばれていた寺。



”ねはん仏”は、釈迦の臨終の姿で、タイ全土にいくつかあるが、
このワット・ポーの釈迦像は、
寺の本堂の中にあって、全長が、49メートルもある仏像。



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▲108個の幸運の印が刻まれている寝釈迦仏の足の裏。
大きさは約5メートル。
見事な螺鈿(らでん)細工が施されている。



ワット・トライミット

本尊の仏像が、
黄金づくりということから”黄金仏寺院”とも呼ばれている。



1955年、それまで石像と思われていたこの仏像の外側が落ち、
中から黄金の姿が現れたため、一躍有名になった仏像。



戦前に、敵の目から逃れるための工夫だったと考えられる。


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▲黄金が現れる前の”黄金仏”の顔。
黄金を隠すため、相当厚く石こうが塗られていた。





大理石寺院(ワット・ベンチャマボピット)

1827年のラオス軍との戦いの勝利を記念し、
1899年にラーマ5世が建てた寺院。



この戦いの勝利は、
ラーマ2世の4人の兄弟と1人の息子が活躍したということで、
寺院の名前が”5人の王者”という意味のベンチャマボピットとなった。



また、この寺院の壁の表面が、
イタリア産の大理石でできていることから、大理石寺院とも呼ばれている。


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▲寺院を守る”シンガー”。




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